すげ (菅)

 スゲと呼ばれる植物について。植物学上は、スゲという種は無い。
 汎称として、カヤツリグサ科 Cyperaceae(莎草 suōcăo 科)のうち、スゲ属 Carex(薹草 táicăo 屬)の植物の総称、という
(『週刊朝日百科 植物の世界』10-234)
 スゲ属 Carex(薹草 táicăo 屬)は、カヤツリグサ科の中の最大の属、世界(特に寒冷地)に 約1800-2000種があり、日本には約450種がある。この譜には、次のものを掲載する。

   トダスゲ C. aequialta(等高薹草)
   エナシヒゴクサ C. aphanolepis(匿鱗薹草)
   ショウジョウスゲ C. blepharicarpa var. blepharicarpa
   ジョウロウスゲ C. capricornis(弓喙薹草)
   ヒメカンスゲ C. conica
   オニスゲ C. dickinsii(朝鮮薹草)
   アゼナルコ C. dimorpholepis(垂穗薹草・二形鱗薹草)
   カサスゲ C. dispalata (彎嚢薹草)
   イトスゲ C. fernaldiana(豌豆形薹草)
   マスクサ C. gibba(穹窿薹草)
   ミヤマクロスゲ C. flavocuspis
   C. humilis(低矮薹草)
     ホソバヒカゲスゲ var. nana(矮叢薹草)
   ウマスゲ C. idzuroei(馬菅)
   カワラスゲ C. incisa
   ジュズスゲ C. ischnostachya (珠穗薹草)
   ヒゴクサ C. japonica(日本薹草)
   コウボウムギ C. kobomugi (砂鉆薹草・篩草)
   ヒカゲスゲ C. lanceolata(披針薹草・大披針薹草)
   キノクニスゲ C. matsumurae
   ゴウソ C. maximowiczii var. maximowiczii(乳突薹草)
   ヒメシラスゲ C. mollicula(桑果薹草)
   カンスゲ C. morrowii(芒髯薹草)
   C. multifolia
     ミヤマカンスゲ var. multifolia
   ホソバオゼヌマスゲ C. nemurensis
   ヤチカワズスゲ C. omiana(星穗薹草)
   ミヤマシラスゲ C. olivacea subsp. confertiflora(C.confertiflora:密花薹草)
   オオシマカンスゲ C. oshimensis
   タヌキラン C. podogyna
   コウボウシバ C. pumila(矮生薹草)
   ミヤマアシボソスゲ C. scita
   タガネソウ C. siderosticta(寛葉薹草)
   アゼスゲ C. thunbergii(陌上菅)
   ヤワラスゲ C. transversa(橫果薹草) 
     
 カヤツリグサ科 Cyperaceae(莎草 suōcăo 科)については、カヤツリグサ科を見よ。
 上記のスゲの定義に関らず、一般にすげと呼ばれる草を拾ってゆくと、
1. カヤツリグサ科 
   スゲ属 Carex の植物 〔上記のほか、オニスゲ・シラスゲ・マツバスゲ・アオスゲ・アゼスゲ・カワラスゲなどなど多数〕
   ワタスゲ属 Eriophorum の植物 〔サギスゲ・ワタスゲ〕
   カヤツリグサ属 Cyperus の植物 〔カワラスガナ・ハマスゲ
   フトイ属 Schoenoplectus の植物 〔マルスゲ(フトイの別名)・サンカクスゲ(サンカクイの別名)など〕
2. ユリ科  
   ワスレグサ属 Hemerocallis の植物 〔ユウスゲ(キスゲ)・エゾキスゲ・ニッコウキスゲムサシノキスゲなど〕
    ジャノヒゲ属 Ophiopogon の植物 〔ヤマスゲ(ジャノヒゲの別名)など〕
などと、あまたある。
 こうしてみると、すげは「多く湿地に生え、根もとから細長い葉が出ている草の総称。葉で笠・蓑などをつくる。」とする『類語大辞典』の定義が魅力的である。 
 和名スゲは、すが(清)の転訛という。
 源順『倭名類聚抄』(ca.934)菅に、「和名須計」と。
 漢名を(カン,jiān)という植物は、中国でむかし屋根・垣根などを作る素材としたイネ科の草の総称で、ススキ Miscanthus sinensis やその近縁種、メガルカヤ Themeda triandra var. japonica やその近縁種を指す。
 言葉の意味からすれば、は 日本語におけるかや(茅・萱)に当る
(小野蘭山『本草綱目啓蒙』9 白茅条)が、そこに含まれる植物の範囲は、日中でやや異なるようである。
 漢名の属名 薹草(タイソウ,táicăo)は、蓑笠を編むのに用いるすげをいう。辞典類にはカサスゲと訳すが、必ずしもカサスゲ C. dispalata (皺果薹草・彎嚢薹草)一種に特定しえない。
 今日では、スゲ属 Carex の汎称とする。
 花は単性で、花被は無い。
 雄花は、
(2-)3本の雄蕊のみ。鱗片(苞)の脇に附き、鱗片は密集して雄小穂をつくる。
 雌花は、1本の雌蕊のみ。果胞
(壺型の器官)の中にあり、頂端の穴から3-2本の柱頭を出す。果胞は鱗片の腋に附き、並列して雌小穂をつくる。
 中国では、スゲ属 Carex(薹草 táicăo 屬)の植物のうち、次のようなものを生活に利用する
   C. baccans (漿果薹草・山稗子・山紅稗) 
薬用
   アワボスゲ C. brownii (亞大薹草・白郎薹・三方草) 
薬用
   C. cruciata (十字薹草) 
種子を食用 
   コウボウムギ
(フデクサ) C. kobomugi (砂鉆薹草・篩草) 薬用、造紙用
   ヒカゲスゲ C. lanceolata (披針薹草・大披針薹草) 
薬用、造紙用、飼料用
   ゴウソ
(郷麻) C. maximowiczii (乳突薹草) 造紙用、飼料用
   ヌマクロボスゲ C. meyeriana (烏拉草)
編織用・造紙用
   ヒメゴウソ
(アオゴウソ) C. phacota (鏡子薹草・有喙紅苞薹・三稜草) 薬用
   オオカサスゲ C. rhynchophysa (大穗薹草) 
造紙用
   タガネソウ C. siderosticta (寛葉薹草・崖棕) 
薬用 
 日本では、スゲは『万葉集』に 60首ほどに詠われる。文藝譜の『万葉集』「スゲを詠う歌」「ヤマスゲを詠う歌」を見よ。

 スゲの葉を詠う歌に、次のようなものがある。

   奥山の 菅の葉凌ぎ ふる雪の 消
(け)なば惜しけむ 雨なふりそね (3/399,大伴安麿か)
   かな(愛)しいも(妹)を いつち(何処)(行)かめと やますげ(山菅)
     そがひ
(背向)に宿(ね)しく いま(今)しくや(悔)しも (14/3577,読人知らず「挽歌」)

 スゲは、葉を刈り、笠などを編んだ。

   真珠(またま)付く 越(こし)の菅原 吾苅らず 人の苅らまく 惜しき菅原 (7/1341,読人知らず)
   み吉野の 水ぐまが菅を 編まなくに 苅りのみ苅りて 乱りてむとや
(11/2837,読人知らず)
   吾妹子が 袖を馮
(たの)みて 真野の浦の 小菅の笠を 着ずて来にけり (11/2771,読人知らず)
   かきつはた 開(さ)く沼(ぬ)の菅を 笠に縫ひ 着む日を待つに 年そ経にける
   おし照る 難波菅笠 置き古し 後は誰が着む 笠ならなくに
(11/2828;2819,読人知らず)
   三島菅 未だ苗なれ 時待たば 着ずやなりなむ 三島菅笠
(11/2836,読人知らず)
   王
(おほきみ)の 御笠に縫へる 在間菅 有りつつ看れど 事無き吾妹 (11/2757,読人知らず)
   あしがり(足柄)の まま(崖)のこすげ(小菅)の すがまくら(菅枕
)
     あぜ(何故)かま(巻)かさむ こ(児)ろせたまくら(手枕)  (14/3369,読人知らず)
   みなと(水門)の あし(葦)がなか(中)なる たまこすげ(玉小菅)
     か(刈)りこ(来)(吾)がせこ(背子) とこ(床)のへだし(隔) (14/3445,読人知らず)

 『万葉集』のスゲの歌を詠んでいて特徴的なことは、人々がスゲの根に特別の関心を抱いていたことである。
 スゲの根は、命の長いものと受け取られており、呪力の有るものとして祓いに用いられた。

  さ
(咲)くはな(花)は うつ(移)ろふとき(時)あり あしひきの
     やますが
(山菅)のね(根)の なが(長)くはありけり
       
(20/4484,大伴家持。物色の変化を悲怜して作る)
    ・・・ 千鳥鳴く 其の佐保川に 石に生ふる 菅の根取りて
    しのふ草 解除
(はら)へてましを 往く水に 潔(みそ)ぎてましを ・・・
       
(6/948,読人知らず)

 人々は、山の奥までスゲの根を見に行った。

   春日山 山高からし 石の上 菅の根見むに 月待ち難き
(7/1373,読人知らず)
   奥山の 磐本(いはもと)菅を 根深めて 結びし情
(こころ) 忘れかねつも (3/397,笠女郎)
   奥山の 石本
(いはもと)菅の 根深くも 思ほゆるかも 吾が念(おも)ひ妻は (11/2761,読人知らず)

 そして、
「菅(すが)の根の」は、ねもころ(ねんごろ)・乱る・長き・絶ゆなどにかかる枕詞。

   あしひきの 山に生いたる 菅の根の ねもころ見まく 欲しき君かも
(4/580,余明軍)
   足ひきの 山菅の根の ねもころに 吾はそ恋ふる 君がすがたに
(12/3051,読人知らず)
   菅の根の ねもころ君が 結びてし 我が紐の緒を 解く人はあらじ
(11/2473,読人知らず)
   足ひきの 山菅の根の ねもころに 止まず念はば 妹にあはむかも (12/3054,読人知らず)
   おぼぼしく きみ(君)を相見て 菅の根の 長き春日を こ(恋)ひ渡るかも (10/1921,読人知らず)
   かきつはた 開く沢に生ふる 菅の根の 絶ゆとや君が 見えぬこの頃 (12/3052,読人知らず)

 それにしても、万葉のスゲの歌は、そのほとんどが男女の情愛に関わる。なんとも艶なイメージを持った草であったことだ。
 
   おく山の すがのねしのぎ ふる雪の けぬかといはん 恋のしげきに
     
(よみ人しらず、『古今和歌集』)

   ますげお
(生)ふる やまだにみずを まかすれば うれしがほにも な(鳴)くかはず(蛙)
   旅人の わくるなつの
(夏野)の 草しげみ はずゑにすげの をがさ(小笠)はづれて
   すがのねの ながく物をばおもはじと たむけし神に いのりし物を
     
(以上、西行(1118-1190)『山家集』)
 



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